読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

プロジェクトは破綻する。

仕事のこととか、salesforceのこととか、カープのこととか書いてます

【66日目】就職とギャンブルは一緒じゃないかという話






f:id:momokuri777:20170128073121j:plain

会社に就職するということは、その会社の事業に自分の時間や労働力を投資する、という見方もできる。

投資という見方ができるなら、ギャンブルという見方もできると思う。

就職とはギャンブルである。

こんな話を今日はしてみよう。

 

まず、投資とギャンブルについて考える。

どちらも何かに投資し、それに対するリターンがある。

そういう意味で、あっしは同じようなものだと思っている。

 

投資はギャンブルじゃないと言われそうだが、考え方次第で同じとも違うとも言える。

株を買うことは投資だが、お金を出してもリターンを得られるかどうかはわからないのだから、ギャンブルの要素があることは否定できない。

競馬はギャンブルだが、馬券を買って配当金で生活している人がいれば、その人にとっては投資だ。

 

投資はギャンブルじゃないという人はいるが、ギャンブルは投資じゃないという人はいなそうだ。

ギャンブルには負のイメージがあるので、投資だと言いたいだけなんじゃないか。

 

以上の主張を持って、「投資=ギャンブル」としている。

そしてここからが本題で、「就職=投資」ではないか、という話をする。

 

就職すると、起きている時間の半分は会社で過ごすことになる。

ずっと会社勤めだと、極端な話、人生の半分を会社で過ごす人もいるだろう。

これって結構すごいことだ。

もし自分に他にやりたいことがあって、それを我慢して会社の仕事に人生の半分の時間を費やしているのだとしたら、それって幸せなんだろうか?と思う。

 

ただ会社でやることに意義を持っているなら問題ない。

例えば、広告のことが学びたくて広告代理店に就職したということならば、どんな忙しくても、最初の何年かは学ぶことも多くて刺激があるだろう。

目的があり刺激があるこの期間は、学ぶために自分の時間を【投資】していると言える。

 

目的をある程度達成すると、刺激がなくなる日がいつかやってくる。

自分の時間を投資しても、リターンが見込めない状況。

そんなときに会社に居続けることに意味はあるのだろうか。

 

投資には、損切りという言葉がある。

例えば、買った株の値段が下がったときに、これ以上損しないために、株を売って損失を確定してしまうことだ。

損失は出るが、株を売ったお金を次の投資にまわせることが損切りのメリットだ。

 

しかし、人間誰しも損をしたくはないと思う。

損をすることはかっこ悪いし、負けを認めたことになってしまう。

そんなプライドが邪魔をする。

できれば今のままで状況が好転することを願う。

だから損失を確定してしまうことには、とても勇気がいる。

 

ギャンブルの世界でも同じような考え方がある。

負けているとき、まだチャンスがあれば取り戻せると思う。

競馬のメイン11レースで負けても、最終12レースで取り戻したいと思う。

今日が終わらない限り、今日の負けは確定しないと思う。

そのように自分の都合のいいように考えるものだ。

 

ほんとうは最終レースをやらないという選択肢もあるのだ。

そうすると今日の負けは確定してしまうが、さらなる負けは防げる。

これが投資で言う損切りと同じ考えだ。

 

話を戻して、就職にも損切りがあると考えている。

いまの会社に勤めていても自分のためにならないと判断したなら、これ以上無駄な時間を過ごさないためにも、会社を辞めてしまう、ということ。

辞めてしまえば、これまで無駄にした時間は戻ってこないが、未来の時間を無駄に使わなくてすむ。

これが「就職=投資」だと思う理由だ。

 

「就職=投資」とすれば、「投資=ギャンブル」という主張とあわせて、「就職=ギャンブル」という式も成り立つ。

そう、就職ってギャンブルなんだね!

 

だからなんだ!?と言われそうだが、「就職=ギャンブル」だとどういうことが言えるかについては、今日は時間切れなので後日語ろうと思う。

侍ジャパンの試合がない日に続く。