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【22日目】2年間読書を続けた結果、やめた10個の生き方





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今日は語る日にする。

ちょっと今どきの人気記事にありがちなタイトルにしてみたが、10個という数字は深く考えずに決めた。

考えながら書いてみよう。

 

以前のブログで、読書をはじめたら自分の中で大きな変化があったと書いた。

自分の中で判断軸が構築され、迷いがなくなり、考えがブレなくなったのだ。

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その結果、あっしの人生で「やめたこと」がいくつかある。

今日はそれを1つずつ取りあげ、語ってみる。

10個って言ったけど、そんなにあるかな。

 

1.snsでとりあえずつながることをやめた

snsが普及し、LINE、twitterfacebookinstagramとひととおりのサービスを利用していたが、いまは本当に必要なときにしか利用しなくなった。

以前はそこそこのペースで投稿もしていたけど、いまはなんだか疲れてしまって、やめてしまった。

 

友達の数も減らした。

以前は知り合いを検索してみたり、SIer時代に現場で知り合ったエンジニアの人と1回仕事をしたっていうだけでとりあえずつながったりして。

そんな感じで増やしていき、一時期友達が200ぐらいになったけど、あるとき突然「だからなに?」と思うようになってしまった。

 

そう思った瞬間から、もう関わることはないだろうと思う人を友達からはずしたくなった。無性に。

幼馴染とか同級生とか、お世話になった人とか、関わりが深い人とかを残すようにしたら、一気に半分くらいになった。

 

過去ちょっとつながったというだけで、その人に向かってずっとアピールしてるなんて、あっしはなぜそんなところに神経を使っていたのだろう。

いまは本当に無駄だなと思って、まったく投稿しなくなった。

もっと他に意識を向けるべきところはたくさんある。

ブログとか、ブログとか。

 

ブログを始めてからは「発信はこのブログでしかしない」ということに決めた。

snsの利用は継続しているが、見る専用だったり、連絡を取る用に限定している。

 

2.新聞読むのをやめた

あっしは一時期、いまでいう意識高い系を振りまく時期があった。

特に東京きたばっかりのときは、都会で働くようになった自分にちょっと酔いしれていた。

毎日の満員電車通勤も、逆に気持ちが高揚してたかもしれない。

 

そんな意識高いモードのあっしは当時、日経新聞電子版とか読んでた。

月額4000円くらいかかるが、自分への投資だと思っていた。

わからない経済用語だらけだったけど、読んでることそのものに意義があった。

結果、4000円はちょっと高いという理由で、数ヶ月で解約した。

でも、またいつか購読しよう、とも思っていた。

 

でもいまはまったく読みたいとは思わなくなった。

新聞は、新聞社という1企業の商品にすぎない、と思うようになったからだ。

 

マスメディアは公共性をもった情報媒体だが、だからと言って内容はまともかというと、実際はそうではない。

読書をして気づいたが、本にはそれとはまったく別のことが書かれていることがある。

しかも読めば読むほど、本の言ってることがしっくりするようになってきたのだ。

 

となると、あっしがこれまでのテレビのニュースや新聞から得た情報はなんだったんだ?ということになる。

 

よくよく考えれば、テレビもテレビ局と言う1企業が情報発信している媒体に過ぎず、あっしが勤めている会社と同じように、売上があり、利益があり、それで食べている社員がいる。

儲けないと生き残れないのが会社の宿命である以上、会社の活動には会社にとって何かしら好都合な事情が必ずあるはず。

そう考えると、情報媒体が視聴者にとって有益な情報を発信しているなんて保証はない。

 

そう思ったら、テレビも観なくなってしまった。

あ、これ3つ目になるな。

3.テレビ観るのをやめた

いまでも観ているのは、ただただ笑って楽しめる「アメトーーク」と、日本中の歴史が違う角度から学べる「ブラタモリ」ぐらい。

それも録画してみているので、観るぞ!と思ってみるようになったのが以前と違うところ。

どんな内容であれ、責任は観ようと決めた自分にある、というスタンスで臨んでいる。

 

繰り返すが、新聞やテレビが発信する情報には公共性がある。

それが一般の常識という雰囲気があり、それをたくさん知っている人が常識人と思われがちだけど、営利企業が情報発信している以上、内容は偏っていると思っていたほうがよい。

 

バレンタインは、チョコレートを売りたいお菓子業界がメディアを巻き込んで作ったブームだ。 

最近すっかり定着したハロウィンだって、夏休みとクリスマスの間に何もないので、消費者の購買意欲を掻き立てるために、経済界がメディアを巻き込んで作ったブームにしかみえない。

だいぶ歪んだな、あっし。

 

4.他人がどう思っているか考えるのをやめた

これは完全にアドラーの影響。

他人が自分のことをどう思っているかを、自分がどんなに考えたところで本当のことはわからないから、考えるだけ無駄である。

 

いまは全く気にしない、とは言えないが以前に比べるとかなり気にしなくなった。

これはあっしの中で大きな変化の1つだ。

 

5.口だけで説明するのをやめた

これは主に仕事のこと。

人に説明するときには、できるだけ相手に納得してもらえるような材料を添えるようになった。

これでかなり説得力が増して、物事を円滑に進められるようになった。

 

具体的には、見て直感的にわかる図を描くとか。

業務改善提案であれば、業務フローをcacooで書いてみたり。

サイト改善提案であれば、サイトのプロトタイプを見せるとか、そこまでいかなくてもサイトのキャプチャを切り貼りしたものとか。

 

あと、数値化できるものはできるだけ数値化するようにしている。

自分が説明するときは、できる限りデータを元に数値化して、それを根拠に意見をいうようにすることを心がけている。

また相手が「かなり多い」とか「大抵そう」とか、言葉だけだとあいまいな表現が使った場合、その度合いを自分の憶測だけで判断しないように気をつけている。

そうすれば、あいまいで不毛な議論は起こらなくなる。

 

口だけというのは、後でどうとでもなる。

相手を騙そうとする詐欺師であれば、証拠が残るようなものは準備しないであろう。

しかし、仕事であれば決定事項を誰でもわかるように積み上げて進めていかなければいけない。

関係者と同意したことを、実行する前に仮の形にしておくだけで、これをやりますと宣言しているようなもの。

そうすることで、まわりが安心し、信頼してくれるのだ。

 

口だけで何も出さない人は信用できない。

騙す気はなくても、何も出さないということは、工夫をせずに口だけでわかってもらおうということであり、相手にわかってもらおうという気持ち、姿勢が見えない。

いずれにしろ、相手にしなくていい。

 

6.愛想笑いをやめた

あっしの高校時代は暗黒だった。

何もかもがつまらなくて、生きることに冷めていた。

 

そのときに、あっしは愛想笑いが嫌いな人間であることに気づいた。

結果、高校時代は友達ができなかった。

 

大学に入ってからは、環境が大きく変わったため、人生リセットレベルではじけた。

愛想笑いなんてしなくても楽しかった。

 

社会人になった。

なんか、また愛想笑いしなきゃいけないシーンが増えた。

客先訪問、接待、現場に常駐してるとき。

 

気がつけば、自分の会社の偉い人にも下手糞な愛想笑いをしてる自分が居る。

アホかと思った。

 

自分の中に軸が出来たとき、あっしは表情ではなく、成果でアピールするようになった。

あなたのつまらない話には付き合えませんけど、あなたの依頼には120%で応えます。

結果、口だけ野郎はあっしから離れていき、あっしのスタンスを理解してくれる人とだけ話すようになった。

 

愛想笑いが不要になった人生、最高。

高校時代のあっしに教えてあげたい。

 

 

あと4つか。

しんどくなってきた。

 

7.人のせいにするのをやめた

さきほど会社には会社の都合がある話をしたが、会社に限らず、他の組織だって、個人だって同じである。

人間みんな、少なからず自分の都合にならった行動をとっている。

そう考えると、人の言うことを鵜呑みにするというのは危険である。

 

例えば、家電量販店でテレビを買うとする。

そこに提示されている売値は、その店舗にとって都合のいい値段だ。

このまま自分が何も交渉しないでその値段で買ってしまえば、店舗にとっては都合のいい結果になる。

ただ買う側もその値段に納得しているのであれば、問題はない。

 

ここで1つの可能性を考えてみよう。

店舗側は、もしかしたら、あえて高い値段設定にしていないだろうか?

交渉するのが苦手で、価格コムのような比較サイトも知らず、ネットで買い物をする習慣もなく、家電に詳しくなく、どうしても今日欲しいという人が現れたらラッキーぐらいな感じで、とりあえず高めの設定していたら?

 

もし店舗に言われるがままの値段設定で買ってしまい、他の店舗でもっと安く売られていることを後で知り、あの店員にだまされたとグチグチいっている人がいたとしたらどう思うか。

自分は何の努力もしていないに、言われるがまま自分で決めて買っているわけだから、そこに同情の余地はない。

 

交渉が発生する前提で、最初に高めの値段設定をすることは、じゅうぶんにありうる話である。

交渉なしに物事を決めてしまうことは、相手の都合が十分に織り込まれてる可能性があることを認識すべきである。

ビジネスでは、それがリスクになる可能性もある。

 

あっしみたいに交渉が苦手で、店員と長く話ししたくない人間にとっては、値段より時間を優先することもある。

あー、じゃあもうこの値段でいいよ!と。

この場合は、自分が時間を優先したということで納得しているので問題はない。

そういう明確な判断基準が自分の中にないまま決めてしまう人は、ただ思考が停止している状態の人か、他人に責任を押し付ける癖のある人である。

 

世の中にあふれている情報や、他人が言うことを鵜呑みにせず、いったん疑うべき。

その上で、賛同するのか、異議をとなえるのか。

賛同する場合でも、「あえて乗ってやる」ぐらいのスタンスでちょうどいい。

 

8.嫌いなことを我慢するのをやめた

愛想笑いもそうだけど、よく考えたら嫌いなことはほとんど我慢しなくなった。

これはあるとき、好きなことだけでなんとかなる!と思えるようになったからかな。

 

ここで強調しておきたいのは、嫌いな人に対しても我慢しない、ということ。

人には相性っていうのがあるんで、どんなに努力しても合わない人はいる。

無理だと思ったら、無理しなくていいと思う。

  

9.仲良くすることをやめた

きっかけもないのに、ただ一緒にいるからってだけで人と仲良くなる自信はあっしにはない。

だから高校時代って暗黒だったのかなと思う。

高校入るまではクラス替えがなく、小学校から幼馴染がずっと同級生だったので。

 

あっしの場合、相手に尊敬できる部分がないと、会話しててもつまらないと思ってしまう。

仕事ができるとか、いろんなことをよく知っているとか。

ただ、そこまでいくにはそれなりの期間を要する。

 

だから、始めての人といきなり話すとかはかなり苦手だ。

商談とか、面接とか、目的があれば別だが、世間話はきつい。

 

いまは、もういいかなと思っている。

誰にでも愛想よく接するなんて無理。

自然体でいて、話が盛り上がらなければそれまで。

相性が合わなかったですね、と割り切れる。

 

 

ついにラスト、10個目!

10.やらずに判断するのをやめた

やってもないのに判断するのは、説得力に欠ける。

だから、まずはやってみよう、と思うようになった。

 

これも読書による効果が大きい。

読書はあっしを変えてくれた。

それは、そうなるとわかっていて始めたことではない。

まずはやってみて、結果そうなっただけだ。

 

だからブログもとりあえずはじめてみようと思った。

まずは100日継続を目指す。

その先、何がどうなっているか、今からとても楽しみだ。